長年、子宝に恵まれなかったある女性。
やっとの事で授かった命を、幼くして亡くしてしまいました。
激しい悲しみに打ちひしがれる母親。
そこへ、各地を行脚しながら仏の教えを説くブッダが村を訪れたことを人づてに耳にします。
高名なブッダというお坊さんが自分の村に立ち寄っていることを知り、宿泊しているお寺に駆け込む母親。
ブッダらしき人物を見つけると、涙ながらに詰め寄って言いました。
「あなたくらい立派なお坊様なら、死んだ私の坊やを生き返らせるくらいの奇跡はおこせるでしょう!?」
「私はこんなにも悲しみに打ちひしがれているのですから、どうかご慈悲を御垂れ下さいまし!」と。
ブッダの周りにはたくさんのお弟子。
哀れな母親の嘆願を、はたしてお師匠様はどのようにあしらわれるのだろう、と皆、かたずを飲んで見守ります。
「そんな事はできない」と、突き返してしまってはあまりにも無情。高僧の名折れです。かといって、
「そんな事はお安い御用です」と答えれば諸行無常のこの世のコトワリを無視した言動と受け取られかねません。
衆人環視のブッダさん。
さあ、なんと答えたと思いますか?
ブッダ「お安い御用です」
目を見開き、歓喜の眼差しを浮かべる母親。
弟子たちもびっくり。
お師匠様は続けます、
ブッダ「ただし…」
ブッダ「いまだかつて、家族から死者を出したことのない、
家族を失った悲しみを知らない家庭に咲いている
ケシの実をひとつ、お持ちなさい。」
一同唖然、しばらくして声をあげたのはくだんの母親。
「それくらいのことで我が子が蘇るのならば!」
喜び勇んだ母親は、寺院を飛び出して、ケシの花が咲いている家をつぎつぎと訪ねます。
「あなたの家は、まだ誰も死者が出たことがありませんか?」
「家族がだれも亡くなっていないお家をご存知ないですか?」
ケシの花は当時から珍しい花ではありませんでした。
今もそうですが、道端にも咲いている、ごくありふれた花です。
ケシの花の咲いている家はいくらでもあった事でしょう。
ただ、死者を出したことのない、家族を失った悲しみを知らない家は、どこを探しても見つかりませんでした。
家々をまわり、くたくたになった母親は気がつきます。
家族を失って悲しみに打ちひしがれているのは自分だけではないこと。
人は必ず死に、そして家族はかならず大切な人をいつか亡くすであろうことを。
自分だけが悲しいと思い込んで、色々な人に迷惑をかけてしまったと悟った、こ
の哀れな母親は、その後出家して、子供を供養しながら御仏の道に進み、
心穏やかな仏門に下ったといわれています。
そのケシの花がこちら。
私たちはポピーと呼び親しんでいますね。
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